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アーツチャレンジ2016照沼敦朗

アーツチャレンジ2016
期間: 2016年2月23日(火)〜3月6日(日)
場所: 愛知芸術文化センター

照沼敦朗  : 《ミエテルカー》

入口を入ってすぐの所に車が置いてあり、奥にはキャラクター人形が立っている。
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キャプションに書いてある《ミエテルカー》は、この車で、人形は、《ミエテルノゾム》君なのだろう。なにやら話している。
『僕は目が悪いので片目に不思議なレンズをつけてるよ』
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『手前にあるのが僕の相棒、ミエテルカー』
『どこでも飛んでいく事が出来るんだ』
『ここは車蘊蓄(うんちく)美術館』
『小さい頃から描いてた車の絵集合体』
『手に入りにくいものほど価値があるんでしょ?』
『だから解る人だけが解る車を作ったらこれよ?』
『どこまでも風に人生に逆らえる車達』
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『鑑賞して頭にタイヤの花が咲きそうでしょ?』
『記憶と共に込められた思いは数に現れるぜ』
『1000台の絵が織りなす車蘊蓄美術館の次を』
『乞うご期待』
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どうやら子供の頃描いた車の絵を展示した美術館の様だ。
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奥の壁には、アニメーションが、映し出されていた。ミエテルカーとミエテルノゾム君の物語らしい。
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 ミエテルノゾム君は、車好きの世界を彷徨っているらしい
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車のショールーム内でのミエテルノゾム君とミエテルカーの出会い
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ミエテルカーに乗って、ガラスを突き破って外の世界へ
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ここの住民は皆車好きらしい(※愛知県民はその様に見られているのか?)
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  何とも奇妙な街
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  銭湯の壁画は、「廃車山」
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  皆、ミニカーを抱えて病院へ
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  目の前が同じ世界に
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  見えてこないかい?
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  ここで話変わって、子供の頃にタイムスリップ
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  目が覚めてもまた夢の続き
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  もちろん誕生日は、乗り物に囲まれて
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  電車のなかでもミエテルカー(車)に乗ったまま
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  乗り物教会へ
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  巨大なパイプオルガンの前で、次の夢を見させてと祈る
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  ついに開館、車蘊蓄(うんちく)美術館
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  小さい頃から描いた1000台の車達
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  「乞うご期待!」
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-ミエテル・ノゾム君というのは?
「僕の分身のキャラクターで、片目に付けているレンズで、不思議な世界が見えるんです」
-あれでパフォーマンスなども
「被り物をしてパフォーマンスしてました。今回はありませんが」
-ミエテル君はいつから・・
「もう10年前、大学2年頃からずっと。殆ど一緒に活動しています」
-車の絵は子供の時に描いたそうですが
「子供の時に描きました。アニメの最後の方、車蘊蓄(うんちく)美術館の開館部分で、そこでは1000枚と言っています。映像上映の中で見えて来るのは、それの一部分です。そして、その中から22枚を選んで、トレースしてラインだけ描き起こして、それから現在の描き方で色付けしました。今回の絵画展示は、アニメ作品の空間をこちらにインスタレーションとして再現したものです」
-子供の頃に、1000枚も描いたのでしょうか
「もっとあります。1枚にもっといっぱい車が10台くらいあったりします」
-子供の時から、車好きだったのですか
「車ひとすじです。父親が車の改造とか好きだったので、車のクラブとか作って、車仲間で旅をしたりとかを小さい時体験しています」
-あの車は、いつ頃の作品ですか
「ミエテルカーは、4、5年前。結構、最近生み出したというか」
-豊田市の自動車博物館へも行ったとか、どんな感じでしたか
「トヨタの歴代の車のみが展示されているものだと思っていたら、意外に輸入車も、他の日本のメーカーの車もあって、良かったです。もっとトヨタ車がいっぱいあるのかと思ってたですが」
-車が好きで、いろいろ調べたりしたのでしょうか
「そうです、東京モーターショーに行って、パンフレットをもらったり、毎年新車カタログもらってました」
-アニメ作品は、ひとりで制作するのですか
「ひとりです。音楽も声も自分で録音して、エフェクトかけて、子供の様な声にして。音楽は、小学校から吹奏楽をやっていたのですが、後は独学です」
―パソコンを使った映像作品の展示もありましたが
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「あれは、以前、『岡本太郎賞の特別賞(第14回:2011年)』をもらった時の、2年半かけて作ったミエテルノゾム君の物語です。今回は、車(ミエテルカー)がメインなので、ミエテルノゾム君自身の説明が不足気味になりました。そこで、彼がどういうキャラなのかを、過去の作品で見てもらおうと思いました」
-あのアニメの物語は、ミエテルカーが、ショーウィンドーにあって、そこから飛び出していくという・・
「そうです。で、今回は車蘊蓄(うんちく)美術館に展示されます」
-いろいろあって、最後に美術館を作るといいう・・ストーリーでしょうか
「あまり明確なストーリーは作ってないですけど。目的には、エピソード1というか、ミエテルノゾム君とこの車、今まではセットで動いていましたが、今回は、このミエテルカーと出会うまでの話を描いてたんです」
-「ミエテルノゾム」=「見えてる事を望む」ですか?
「僕は、目が悪いので、どういうか、結構見えない事を恐れている部分もあって、なんて言うか、欲求、見えない事を望むという欲求が、普通の人と違う、おかしいのかなというのがあって。
 見えてない事を自覚してるけど、拒否していたみたいな部分もあって。その見えない事を自覚しながらも、自分が見える世界を望んでいくというか、叶えていくというか」
-自分の世界を叶える・・様な(・・そうですね)
  ミエテルノゾム君を、あの様なキャラクタのイメージにしたのは
「キモイとか、グロテスクとか言われてます。いままで白黒作品が多かったので、(今回はカラフルな絵がありますが)その影響で、ちょっとこわいイメージで」
-結構かわいいですよ、愛嬌があって。 自画像みたいなイメージですか
「そうです、自画像です」
-片目には、不思議なレンズがありますが
「あれは単眼鏡ですね。僕がいつも使っている単眼鏡を3つ付けて、別の世界が見えるというもの。
 単眼鏡って、双眼鏡の片方しかないやつ、美術館で見る小さなやつ。あれで遠くを見るので」
-あれで遠くの世界を見渡せる
「でも結局、片方の目が悪いので、点字ブロックの上を歩いてます」
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2013振返り:あいちトリエンナーレ)アルフレッド・ジゃー

2013年の気になった展示を振返ります。
アルフレッド・ジャー 《生ましめんかな》(あいトリ2013:名古屋市美術館’13.8/10-10/27)
あいちトリエンナーレの期間、名古屋市美術館は、通常とは異なる展示場構成に変えていました。
通常とは反対側に作られた入口を入って直ぐ、アルフレッド・ジャーの作品が見えてきましたね。正面には、透明なアクリルのケースに5色のチョークを敷き詰めたインスタレーション、両隣の薄暗い部屋の壁には、合計12枚の黒板が掛けてありました。
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黒板には、一定の時間毎に、タイトル《生ましめんかな》の文字が、映し出されます。
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A.ジャーは、チリ出身ニューヨーク在住の「アート作品を作る建築家」で、写真、映像、建築等で社会問題を扱う作家として知られています。

彼は、3.11で地震と津波の被害を受けた被災地を回りました。黒板は、使用できなくなった石巻市の小学校から提供されたもので、反戦詩人・栗原貞子の詩からとられた「生ましめんかな」の文字は、愛知県の小学生によって書かれたものです。この詩は、広島に原爆が投下された夜、地下防空壕に避難していた被爆者のひとりが突然産気づき、赤子を取り出す為に、同じ地下壕内に非難していた1人の産婆が、自らの怪我を省みずに赤子を取り上げるが、それと引き換えに命を落としたという内容です。
(※)この詩を知らない人も多いので、以下参照下さい。
  生ましめんかな   (栗原貞子詩歌集 1946.8)
    こわれたビルデングの地下室の夜だった。
    原子爆弾の負傷者たちは
    ローソク一本ない暗い地下室を
    うずめて、いっぱいだった。
    生ぐさい血の臭い、死臭。
    汗くさい人いきれ、うめきごえ。
    その中から不思議な声がきこえて来た。
    「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。
    この地獄の底のような地下室で
    今、若い女が産気づいているのだ。
    マッチ一本ないくらがりで
    どうしたらいいのだろう。
    人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
    と、「私が産婆です。わたしが生ませましょう」
    と言ったのは
    さっきまでうめいていた重傷者だ。
    かくてくらがりの地獄の底で
    新しい生命は生まれた。
    かくてあかつきを待たず産婆は
    血まみれのまま死んだ。
    生ましめんかな
    生ましめんかな
    己が命捨つとも
※この詩は、郵政公社中国支社にある碑にも刻まれていますし、女優の吉永さゆりさんは、ボランティアで反戦詩の朗読を毎年行なっていますが、その中でもよく読まれるそうです。(ご参考)
石碑
この詩は、学校の平和学習の時間で取り上げられる事があり、栗原さんもその様な場に参加し、詩の意味を以下の様に説明したそうです。-「『生ましめんかな』は、平和を生むの意味」「『産婆さん』は、平和の日を知らずに死んだ20万人の人々」-

ここで、A.ジャーの作品の特徴、「イメージの背後にある社会的な関係についての問いかけ」が、始まります。命を賭して新たな生命を送り出した産婆の行為が、3.11後の私たちに問いかけるものは何なのか。地震と津波という自然の猛威の前になす術も無く、一瞬の内に、家族や最愛の人、これまでの人生で築き上げてきた全てを失い、絶望の淵に立っている人に、何を語りかけるのか。

私は、ビクトール・フランクルの言葉、「どんな人生にも意味がある」を思い出しました。ユダヤ人で精神科医だった彼が、ナチスの強制収容所での体験を記録した著書「夜と霧」にある言葉だです。
今も続く仮設住宅での暮しは、被災者の心を蝕み、孤独死の話も珍しくはありません。「いったいなぜこんな目に遭わなくてはいけないのか。こんな悲惨な人生には何も期待できない」と嘆く。それに対し、フランクルは、それでも「人生には意味はある」と答えます。人がなすべきは、生きる意味はあるのかと「人生を問う」のではなく、困難な状況に直面しながらも「人生から問われている事」に全力で応えていくこと。「誰か」が、「何か」が、あなたを待っているのだと。
重傷者がひしめく地下室の暗闇の中で、苦痛に呻いていた産婆は、「赤ん坊が生まれる」との言葉で、自分を待つものがいることを知る。彼女は、与えられた使命を果たすべく、全力でぶつかった。自分の人生に届けられた「意味と使命」を全うしたのだ。
「生ましめんかな」は、生きることがつらい人に対する、「あなたの事を待っている誰かが、あなたによって実現されるのを待っている何かが、きっとある筈」とのメッセージに思えます。

2013振返り:Pe Lang(ペ・ラン)

2013年の気になった展示を振返る。
11月9日(土)STANDING PINE の「Pe Lang & Ariane Pauls – CONSTRUCTION」
からペ・ランの作品について。
この作家については、ギャラリー説明は以下の様になっていた。

<Pe Lang ペ・ラン>
1974 年スイス/ズアゼー生まれ。チューリッヒ、ベルリンを拠点に活動。様々な物質や素材が持つ本来の機能美を、機械的な構造物を通して提示するアーティスト。 不安定さを伴った複雑な物理現象は、精密に作り出された構造体の中で刹那的に現れては消えてゆく。2007年にはニューヨークの音響レーベル12Kに楽曲 を提供するなど、サウンドアーティストとしての活動も幅広い。

こんな人みたいです。
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作品は、いわゆる絵画、彫刻、インスタレーションと言ったものではなく、「装置」だ。例えば、これなんかはタイトル「positioning systems – falling objects_Drops」なんだけど、台の上の「水滴の並び」だけでなく、それを作る装置も含めて、と言うよりその装置が作品本体なのだろう。
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台の上に並ぶ無色の玉は水滴だ。装置が、撥水性の台の上に、同じ大きさの水玉を等距離に並べる。針の先から純水を押出す量、位置決めを自動的に行ない、全て終わったらノズルは元の位置に戻る。水玉は徐々に蒸発し半日程で消えるので、「半日のテーブル上のアート」なのだろうか。

こちらはタイトルは忘れたが、sound objects のような感じだったと思う。
壁から少し間を空けた所に棒が固定され、そこに小さなスピーカーが細い糸で吊るされている。
棒のの両端にはモーターが付いており、それがゆっくりと回る。ひもの端は棒に軽く結んであるので、回転と共にひもが摩擦で若干巻き取られる。が、半回転程でひもはつるりと滑り、持ち上げられたスピーカーも下に落下する。その時の衝撃で、スピーカーは「ツン」と音をだす。何個もスピーカーがあるので、ランダムに「ツン」「ツン」と鳴る。
水琴窟を思わせる音だ。
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他にもふたつMOVING OBJECT というタイトルの作品があった。
ひとつは、棒に小さな黒いリングが掛かっているもの。
両端のモーターが回転すると横棒が振動するので、リングは左右に動き出し、互いにぶつかり合う。全体を眺めていると、1次元の波が、右へ左へと移動するかのように見えてくる。
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もうひとつは、ねじれたゴムひもを水平に何本も並べたもの。
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中央にある縦棒が、左右へ(自動で)移動する。そうすると、元々捻ってあったゴムひもは、伸ばされる側はピンとまっすぐなひもになり、縮む側は、益々ねじれが大きく塊になる。この対比が面白い。
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ペ・ランの作品は、よく見ると仕掛けがわかる作りになっている。
3次元のスクリーンセーバーの様に、見る人に時間を忘れさせてくれる。
プロフィール

ゆでたまご

Author:ゆでたまご
鑑賞者の目で現代アートを探求

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