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ヨコトリ2014連携BankArt《東アジアの夢》展

ヨコハマトリエンナーレ2014連携プログラム-BankArt LifeⅣ 《東アジアの夢》展
8月12日(火)午後、ヨコハマトリエンナーレ2014の連携プログラムとして開催されている、BankArt LifeⅣ《東アジアの夢》展を訪ねた。新港ピアから連絡バスで、神奈川警察本部前に(3分で)到着。そこから歩いて3分でBankArtに着いた。1F入口を入ったところの受付で、「連携セット券」(トリエンナーレとの共通券)の予約票を提示し、チケットに交換・・・の筈が、「お客様、ここでは交換出来ません」。聞けば、(チケットぴあで購入の)“予約”券との交換は、横浜美術館と新港ピアの券売所のみだとか。「もう一度、戻ってチケットに交換してから、いらして下さい」との事。見事な“連携”である。再度、横浜美術館へ。チケットを入手し、すぐさま引き返す。1時間遅れで、ようやくBankArtに入館できた。

<3Fフロアの作品>
原口典之《オイル・プール》
鉄の枠の中に、黒いオイルが満たされている。表面はあくまでも平滑で、壁と天井を見事なまでに写し込んでいる。
以前、漆造形作家の田中信行氏をして「あれはすごい」と言わしめた作品だ。硝子板の鏡では、この大きさでこの平面を実現するのは難しいのではないかと思う。硝子板の歪みが、鏡像も歪めてしまう。しかし、「オイル・プール」の漆黒の油面は、あくまで“水平”だ。最初に作品を見た時、床に大きな四角い穴が空いているのかと思った程だ。
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写真では、窓からの光が反射して少々見づらいが、実際の作品を見ていると、本当にそこに大きな穴があって、床の向こう側を見ている様な、床下の構造を見ている様な、おかしな感覚に襲われるのだ。
表面の不純物のなさも特筆だ、と言うか不思議だ。小さなゴミとか虫の死骸等があって当然と思うが、それも無い。
あまりのまっ黒さに、ちょっと手で触れてみたくなる。近くにドラム缶が置いてあり、「ダフニーマリンオイル」と書いてある。船舶で使用するディーゼルエンジンの潤滑油だ。これを使っているのか。
【追記】
オイルプールの表面に、ゴミ等が浮いていないのは、ゴミよりも油の比重が低いので、ゴミが沈んでしまうのだそうだ。

桒原寿行(くわばら としゆき)
《eye》
あの目玉があった。以前、N-Markで見た、豚の目玉から水晶体を取りだし(と言うのかえぐり出し)、カメラのレンズにした作品だ。今回も、目玉をえぐり、そこにメスを入れて、水晶体を取り出し、カメラにセットする様子をメイキング映像として上映していた。
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カップルが展示室に入って来て、その女性が、目玉をメスで抉っている映像を食い入る様に見つめていたのが印象的。何だかメイキング映像が展示の主体の様な感じで、観客は部屋の中に置いてある「水晶体のカメラ」に気づいただろうか?


<2Fフロアの作品>
中原浩大
《夢殿》《持ち物》作品の制作年が、「オリジナル1984年、再製作2014年」となっている。2010年に、中原のアトリエが火災で焼失、同時に、多くの作品も失われた。その後、中原氏は、2013年10月に、岡山県立美術館で《中原浩大 自己模倣》展を行い、焼失作品の再制作を試みている。
今回の作品は、2014年再製作となっているので、今年4月に、ここBankArt StudioNYKで開催された《田中信太郎 岡﨑乾二郎 中原浩大 かたちの発語展》に向けて、再製作されてものだろう。
《夢殿》と言えば法隆寺の夢殿、八角形のお堂を思い出しますが、かなり趣が異なります。
法隆寺夢殿
人が瞑想の場とする夢殿(だと思います)が、それ自身変容し、何か別のものになる。表面は土塊だち、屋根の上には角も伸びて。建物というより、それ自身が意志を持った生物にも見えてくる。
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《持ち物》のオリジナルは、もう少し細見でゴツゴツした感じだったが、再製作の作品は、包帯をぐるぐる巻きにしたかのように、全体がふっくらしている。オリジナルから、30年が経ち、人が変われば、その「持ち物」も変容するのだろうか。
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中谷ミチコ
中谷さんは、“レリーフ作家”の異名があるそうだ。ここの壁にも「狼の群れ」のレリーフがある。彫刻とは違って完全な3次元ではないのだが、立体感に迫力がある。狼が、互いに体を摺り寄せる。その体毛が、ざわざわと毛羽立ってくる感じが伝わる。今にも狼が動き出しそうだ。
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淺井裕介
あいちトリエンナーレ2010で、長者町繊維卸会館2Fの部屋で展示していた《室内森/土の話》の一部。
淺井さんが、「これ持って帰ろうかなー」と言っていた、窓ガラスに土絵具で描かれた作品。(繊維卸会館は、あいちトリエンナーレ2010閉会後、取り壊された。)その時は、ボランティアをやっていたので、懐かしいな。
淺井図録あいトリ2010
奥に窓があり、そこにも泥絵が描かれている。それが、今回の展示作品。
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<1Fフロアの作品>
山下拓也
その薄暗い部屋に入った途端、「あ、山下拓也」。Captionの作者名を見なくてもわかる。
赤、黄色、緑等の原色を使った奇妙な、若しくはユーモアのあるキャラクターが、壁の至る所に張り付いている。天井のブラックライトが、黒壁を背景に、蛍光色を際立たせる。山下さんは、以前、作品制作に関して、「会場を観察し、その上で作品を作る。興味を持っている物事、アイディアのストックがあり、それをその場所を使って消費していく」と言っていた。今回の場合、黒い壁の薄暗い部屋という展示環境自体も、山下さんの作品と思えるが。
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このBankARTLifeⅣ《東アジアの夢》展は、力作を揃えたレベルの高いものに仕上がっていると思う。が、今一つ物足りないのは、新作が少ない事か。ヨコハマトリエンナーレとの連携ならば(セット券の協力のみ?)、新作をもっと揃えて欲しかった。現代アート展の観客は、なにより新しい作品に触れる事を期待しているのだから。
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ヨコハマトリエンナーレ2014(新港ピア会場(8/12)

8月12日(火)、先日(8/3)は横浜美術館会場に行ったので、この日は、残りを全て回ろうと、余裕をもって9:30には新港ピア前に到着。やはりと言うか、入口もゲートも開いていない。ゲートの格子越しに警備員の方に聞いたら、ゲートは10分前、入口は10:00に開くとの事。馬車道駅から歩いてきたので、暑い。近くにある「JICA資料館」(ここも10時Openだが、ドアが開いたので)の中の椅子に座って涼んだ。(JICAさんありがとうございました)

新港ピア10:00開場時には、入口前に数名の待ち人だった。
入るとすぐロビーには、やなぎみわの作品、演劇「日輪の翼」の舞台(トレーラーの周囲が開いて舞台に変わる)が、展示されている。
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◇会場にはいくつか映像作品がある。それぞれ個室があり、そこで上映されている。そのひとつ、
《彼女に+彼に》 
レバノンの写真・映像作家、アクラム・ザタリの作品だ。
アクラムザタリ彼女に彼に
<ヨコトリのサイトから>

この作品の部屋の前には、10枚程のアラブ女性と思われる、ちょっと古風なセミ・ヌードの写真が展示されていた。これは何か?と思い説明を読むと、アクラム氏の知人の祖母が残したものだと言う。彼は、その写真の出どころを探り、カイロ(エジプト)の写真館にたどり着く。映像作品は、その写真館の主人ヴァン・レオン氏の話を録画したものとなっている。イスラム圏では、女性が人前で顔を見せる事も難しいと聞く。ましてやヌードである。どの様にして撮ったのか? レオン氏は、女性(友人の祖母)から撮影を依頼してきたと言うのだ。勿論、直接聞いたわけでなく、自分の祖父あたりから聞いたのだろうが、理由はわからない(聞けるはずもないが)。この様な経験をレオン氏自身にもあるのだそうだ。ある日、若い女性が写真館に来て、写真を撮ってくれと言う。了解し、早速撮影に入る。写真を1枚撮る毎に、彼女は衣服を1枚脱いでいく。全部で12枚撮ったが、最後は身に付けているものは無かった。「両親はこの事を知っているのだろうか?」質問にレオン氏は、「さあ、聞かなかったからわからないが、多分、言ってないだろうな・・・」
レオン氏の語りがおもしろい。中東世界の激動の中(勿論、エジプトも例外ではない)、レオン氏の写真館もその中にあり続けた。移り行く様々な出来事やエピソードを飲み込みながら、今もそこにある。覗き込むと、歴史の闇に埋もれた人々の記憶が、突然、顔を見せてくるようだ。

◇映像作品の部屋の前に、何やら黒いゴミの塊の様なものが置いてあった。
《山口-日本海-二位ノ浜、お好み焼き》
殿敷 侃(とのしき ただし)氏の作品。現代社会の不条理に対して批判的なメッセージを発信する作家としてしれている。3才の時、広島で被爆。1995年に肝臓ガンで他界している。
殿敷侃のお好み焼
<ヨコトリのサイトから>

作品は、1987年に山口県の二位ノ浜海岸で作られた。海岸に捨てられた又は漂着した様々な日曜品からなるゴミを集め、穴を掘って、そこで焼き固めたものだ。プラスチック類等が溶けて全体を固めているが、一部はその形状を保ったままくっついている。27年前に展示されたのち、某ギャラリーの庭に放置されていたが、ある美術家に発見され、2012年に再度、展覧会の場に登場する事になった。
今回は、全部で4点(大1小3)の展示。大きなものは、直径120~130cm程の半球形をしている。ポリバケツや空き缶等の日用品が焼き固められた、黒い物体だ。鮮やかな色彩でもなければ、美しい形状でもない。ただの汚いゴミが固まっただけの物なのだが、妙に存在感がある。廃棄物とは、元々私たちの生活の一部だった物なのだから。

◇展示スペースの奥には、大竹伸朗の作品がある。
《網膜屋/記憶濾過小屋》
いかにも大竹伸朗だ。「ニューニュー」(2012)の《モンシェリー:自画像としてのスクラップ小屋》を連想する。
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小屋の外も内も原色が目立つ雑然とした作り。写真や日用品(凡そゴミの様なものも含め)を小屋の内外にちりばめる、貼り付ける。全体の形は、背表紙に赤いボートを配した、ちょっと開いた本の様な感じ。横には、窓(と言うか穴)があり、部屋の中をのぞき込む事が出来る。部屋の壁には一面に写真が貼り付けられている。誰なのかわからないポートレートやどこかの風景。床にも所狭しと、写真がぶちまけられている。いったいこれは?と思いつつも、しばしじっと見入ってしまう。誰かにとっては、価値(or意味)のあるものなのだろうか。
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反対側の壁面には、およそガラクタとしか思えぬ物がギッシリと並ぶ。一瞬、ゴミ屋敷を連想する。
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人々の記憶の中から、価値あるものとそうでないものに振り分けた後の残骸なのか。それとも、資料を集めるだけあつめただけのスクラップ・ブックなのか。時折、小屋の横に立つボンベの上から、煙が湧いてくる。
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記憶を濾過し、不要なものを雲散させるのだろうか。でもその様に見えない。記憶のスクラップブックが、忘却の海の底に堆積物として沈んでいく様だ。

「これからの写真」展のわいせつ(?)写真

愛知県美術館で「これからの写真」展(8/1-9/28)が開催されている。
開催の主旨をグッと短縮すると・・・
・写真は、デジタル技術により、その環境が激変している。
 特定の技術としての写真は、その輪郭を失いつつある。
・現代アートでは、写真、映像、立体などの複数形態を選択
 しながら創作する者も少なくない。
・本展では、空間、時間、鑑賞者との関係性など様々な視点から
 写真とイメージの様相を探ります。
[出展作家]
 新井卓 加納俊輔 川内倫子 木村友紀 鈴木崇 鷹野隆大
 田代一倫 田村友一郎 畠山直哉

展覧会をご覧になった方は、この「これから」とは、一体「いつのの事?」かと、思ったことでしょう。また、「鑑賞者との関係性」とは? 作品をじっくりと見ながら、そのあたりを考えて・・・と思った矢先、8/13朝、Yahooニュースでこんな記事が。
*****************
<美術館展示写真、愛知県警「わいせつ」 一部覆う>
 愛知県美術館(名古屋市東区)で開催中の「これからの写真」展(同美術館、朝日新聞社主催)で展示されている写真家・鷹野隆大氏の写真が、「わいせつ物の陳列にあたる」として愛知県警が12日、同美術館に対処を求めた。同美術館では13日から作品を半透明の紙で覆うなどして展示することにした。
 問題とされたのは、男性の陰部などが写った作品12点。匿名の通報があり、県警生活安全部保安課が同美術館に「刑法に抵触するから外してください」と対処を求めた。同美術館と鷹野氏は協議し、撤去でなく、展示方法の変更で対応すると決めた。小品群11点は紙をかぶせ、1点の大型パネルは胸より下をシーツ状の紙で覆った。鷹野氏は「人と人が触れあう距離感の繊細さを表しており、暴力的な表現ではない。公権力による介入を隠すのではなく見える形にしたかった」と変更を了承した。
*****************

鷹野さんの展示コーナーは、当初からカーテンで仕切られ、作品のCaptionの隣には注意書きがありました。「性器を含む全身ヌードを撮影した写真もあり、不快感を抱かれる方もあるかもしれません。中学生以下のみでの鑑賞は制限します」等とありました。
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鷹野さんの作品を紹介しますと(図録より)
こんな感じです。制作は、2007、2008年頃が多いですね。
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「美しい」と言う写真ではないですね。

そもそも鷹野隆大さんは、第31回(2006年)木村伊兵衛写真賞の受賞者です。この木村伊兵衛写真賞は、「写真界の芥川賞」(朝日新聞主催)と言われるほど権威のある賞です。(※参考:川内倫子さんや畠山直哉さんも他年度の受賞者です。)
受賞理由が興味深くて、

「受賞の理由は、刑法第175条(猥褻物頒布等)に抵触する幾つかのタブーを乗り越えたことと、人間の性の問題を真っ向から見据えたこと。 受賞対象の 『IN MY ROOM』 では、本来のエロスを失った状況下にある現代の我々の性状況を、ドキュメントとして見事に表現している・・・」

受賞当時の話を(ネットで)拾ってみると、

「鷹野さんをよく知る方は、受賞報告を受けた時、「嘘!」と口にしたという。木村伊兵衛写真賞という権威ある賞の審査員の体質を考えれば、受賞は驚き以外の何ものでもなかった。鷹野作品が注目されるのは、男性のヌードを撮り続けている点にあるのだから。」

乱暴な言い方かもしれないが、2006年には、写真界でも男性ヌードが認知されてきたというべきか。
がしかし、2014年の愛知では、まだその様な状況にはなっていないらしい。愛知は、80年代から、現代アートの先進地域等と言われ、その流れで、2010年に、あいちトリエンナーレが始まり、2016年の開催も発表されたばかり。でも、まだまだなのでしょうか。

とにかく、現場を確認しようと、愛知県美術館に再度行ってきました。
大型パネルの1枚には、胸から下が白い布(紙?)で覆われており、その下は見えない状態です。透けて見える様な薄いものではない。
小作品(2L版程度)の何枚かには、トレーシングペーパーが(上部のみ糊付けで)貼り付けられています。ペーパー越しには、ぼんやりと人が2人いる事はわかりますが、男性の性器がどうなっているかは、わかりません。

お客様のひとりが、ペーパーの下をつまんで持ち上げて見ましたら、監視員の方から「お客様!」の声がかかりました。確かに、トレーシングペーパーと言えども作品の一部ですから、触ってはいけないのでしょう。たまたまですが、私は、作品の配置と題名の説明用紙(A3サイズ・ラミネート仕上げ)を持っていたので、下から軽く団扇の様に煽いでみました。薄いトレーシングペーパーは、ふわりと舞い、1秒程、その下の作品を見せてくれました。やはりと言うか、監視員の方からは、「お客様!」の声。私は、明るく「Roger!」と答えました。

それにしても、「これからの写真」とは何かについて話をしたかったのですが、結局、チンチンが見えるのどうのとの下種な議論になってしまったのが残念です。

ヨコハマトリエンナーレ2014(8/3)

8月3日(日)、午前中は横浜(トリエンナーレ)、午後は東京・三軒茶屋(トヨタコレオグラフィーアワード)に行ってきました。あまり時間が無かったので、トリエンナーレは横浜美術館会場のみの訪問になりました。
ヨコハマトリエンナーレ2014のテーマは、(既にご存知思いますが)「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」です。
ヨコトリ2014ポスタ

その長い説明を短くしてみます。
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◇「忘却」とは、記憶されざる記憶がたまりこんだ、ブラックホール。
人類はこれまで想像を絶する量の情報(や「もの」)を廃棄(=忘却)し続けてきた。記憶化されないまま廃棄された情報(や「もの」)は、それよりもさらに膨大だろう。それら記憶世界にカウントされる値打ちもないと判断された無数の記憶されざる記憶達にも思いを馳せてみよう。
◇世界は、そのほとんどが「忘却」の(ブラックホール→)海によって満たされ、記憶世界など「忘却の海」に浮かぶちっぽけな島にすぎない。
「記憶」から「忘却」へと、世界認識のための軸足を、真逆に置き換えてみる。すると、社会や暮らしや人生の諸相が今までとはガラリと違って見えてくる。その手応えや驚きや切実感が表現となる。そうした芸術的態度は確かにあり、ヨコハマトリエンナーレ2014における「忘却」というテーマは、そういったものである。
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横浜美術館には、開館(10:00)の1時間前に(手堅く)着いたが、当然だがまだ開いていない。美術館前の広場には夏の太陽が朝からジリジリと照り付ける。そこには、ウィル・デルボアの作品、巨大な(全長15m)ゴシック様式の《低床トレーラー》があり、その錆びた鉄の赤茶けた色が、暑さを増幅させる。
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広場の端には、木陰の下のベンチがあるが、春なら気持ちの良い木漏れ日も、夏の朝には、肌に突き刺さりそう。向かい側にあるカフェに避難しようとしたら、警備員さんの「まだ開いておりません」(クールだな)。先にチケットでも購入できないかと、日陰になっているチケット売り場を格子シャッター越しに見たら、向こう側からボランティアの人が、「シャッターが開くのは、15分前ですから」(クールだ!)。私はどちらかと言えば、何事にも準備万端整える方だけど、今回はマズった。スケジュールはOKだったのだが、早朝、名古屋の新幹線改札口を通過したその瞬間、思い出した。「あ、ヨコトリのチケット忘れた・・・」私の前売りチケットは、忘却のブラックホールへと吸い込まれたのだ。
(前振りが長くてすいません。)

AM10:00 一番で美術館入り口を通過すると目の前はロビーの広い空間、の筈が、真正面に大きな箱型の構築物が見える。マイケル・ランディの《ART BIN(アート・ビン)》「芸術のゴミ箱」ですね。
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ヨコトリ2014のサイトを覗くと、今でもこのゴミ箱に捨てる作品を募集しています。
その趣旨は、ヨコトリ・サイトの説明によると・・・

「グランドギャラリー(ロビー)に設置したこのゴミ箱は、高さ7m、幅7.8m。(底が正方形で、上が少し開いた感じの立方体)失敗作や未発表等で、捨ててもよい作品を、ここに投げ入れる参加型の作品。失敗作品は、存在していなかったかの様に、美術史上から忘れられていきます。《アート・ビン》は、この「忘れられた美術史」をアート・ビン=芸術のゴミ箱、つまり「忘却の容器」として提案しています。」

正面の反対側には、階段が取り付けらていて、依頼者が持ち込んだ(失敗)作品を、係の人が、アート・ビンの一番上から、投げ入れます。油絵の描かれたカンバスだけの作品ならば、ひらりひらりと舞い落ちますが、木枠や額等が付いていて、ある程度の重さがある場合、投げ入れた後、“ガッシャーン!“と結構大きな音が響きます。周りの観客が一斉に注目。ロビーにいる人は勿論、3F廊下にいる人も、上から覗き込みます。
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今は、底に少し溜まっている程度なので、その分落差が大きく、大きな音が出るようです。会期の終わり頃はどうなっているのでしょうか。失敗作で箱が埋め尽くさてるのでしょうか。その意味で、この作品が、今回の一番の注目かもしれませんね。

今回のヨコトリは、展示をいくつかのChapter(話)に分けて展示しています。ロビーのマイケル・ランディのところは、Introduction(序章)となっています。階段を上がって行くと、第1話から始まります。
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第3話「華氏451はいかに芸術にあらわれたか」のところの作品を、ひとつ紹介します。
マイケル・ラコウィッツの作品《どんな塵が立ち上がるだろう?》です。
ガラスのテーブルの上に、石を削って作ったと思われる「本」が置いてあります。[説明: 1941年に英軍により爆撃され、燃えてしまったカッセル(ドイツ)の図書館の蔵書を石を使ってかたどった作品。] 
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注目はその石。タリバンによって破壊された、アフガニスタンの古代遺跡バーミヤンの巨大石仏のものを使っている点です。(※注:ドイツの調査隊が、破壊後の瓦礫を持ち帰ったと言われてますが、それを使ったのでしょうか。)
<※参考:破壊前の石仏・・・展示にはありません>
石仏破壊前
<※参考:破壊後の石仏・・・展示にはありません>
石仏破壊後

ガラスの上に、文字が書かれています。石仏破壊を指示したと言われる、タリバンの最高指導者、オマル師の言葉です。

「私はバーミャンの仏像など破壊したくなかった。実は、数人の外国人が私のところへ来て、雨で少し傷んだバーミャンの仏像を修復したいと申し出た事があった。私は、ショックを受けた。こう思ったのだ。この冷たい人間たちは、生きている何千という人々、餓死しかけているアフガン人の事など気にかけず、仏像のような無生物の心配をしている。きわめて遺憾である。それで私は仏像破壊を命じた。彼らが人道的な仕事のために来ていたら、けっして破壊など命じなかっただろう。
- ムラフ・モハマド・オマル - 」

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世界中でタリバンの文化財保護に対する意識の欠如が強く批判されたが、立場が変われば、上記の様な見方になるのだろう。しかし、タリバンを批判しながら、飢餓に苦しむアフガニスタンの人々に無関心な国際社会に、イランの映画監督は、自身の作品の中でこう語る。(※注:展示にはありません)

「ついに私は、仏像は、誰が破壊したのでもないという結論に達した。仏像は、恥辱の為に崩れ落ちたのだ。アフガニスタンの虐げられた人々に対し、世界がここまで無関心であることを恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けたのだ」

ある問題に関するものの見方は、見る人の数程あるのだろう。忘却の海の底から、情報の紐を手繰ってみると、次々と思いもよらないものが引き上げられてくる。

どうも、テーマから察するに、じっくりと読み解くタイプの作品が多そうだ。次回は、時間をかけて見る事にしよう。

川村美紀子さんについて

4月頃、ダンス評論家の亀田さんのブログを見ていたら、以下の記事が・・・
―――――――――――
2013年度の舞踊批評家協会賞の授賞式が開催されました。
■日時:2014年4月19日(土)11:30
<新人賞>
川村美紀子さん(コンテンポラリーダンス)
 ・・・・(※略)・・・・・
川村さんの受賞コメントが本当にユニークで度肝を抜かれちゃいました(笑)。授賞式に車で送ってくれたお母様に想いを込めてとのことで、自作の歌を披露。艶やかなお着物姿でしたが、突然履いていた鈴付きのこっぽりを脱いで両手に持ち、まるで楽器みたいにこっぽりを打ち鳴らしてリズムをとりはじめました。で、渋い声で熱唱。
――――――――――――
“ユニークで度肝を抜かれた“って、どうゆう? 気になって、YouTubeで調べてみたら、違う賞の授賞(第7回 日本ダンスフォーラム賞 シンポジウム)の様子がUpされていました。皆さん、あっけに取られて笑ってましたが、こんな感じの仰天あいさつ(歌か)だったのでしょうか。
それでは、いったい川村さんのダンスは、どんなものかと気になったので、受賞の対象となった作品<ダンスがみたい!>「イチゴちゃん」(2013年8月12日-13日、日暮里d倉庫)を探してみたらありました。★ダイジェスト版★なので作品の雰囲気を感じる程度ですが、私の「コンテンポラリーダンス」のイメージを揺さぶられるものでした。
他には、何かUpされてないかと探してみたら、「裏企画」なるものがありました。
国内最大規模のコンテンポラリーダンス祭典「横浜ダンスコレクションEX」が、2014年2/4-2/9にありましたが、その裏で川村さんが「1人」で開催した、国内最小のダンスフェスティバル「川村ダンスコレクションEX」!(非公認)。横浜ダンスコレクションに招待されなかったので、その対抗策との話もあり、ま、その顛末を綴った★ドキュメンタリー(?)★の様なものか。それにしても、何と破天荒な事かと思うが、川村さんの(あと先考えない)行動力もすごいな。
ダンスそれ自体を見たいなと思い探したら、「へびの心臓」があった。横浜ダンスコレクションEX2012で最優秀新人賞を受賞した時のもの。四角いスポットライトが、いくつか位置を変えて照らし出したスペースの中で踊る、ダンス用の音楽とは思えない選択(J-Popやお経等etc)、そしてキューピー人形と、トヨタコレオグラフィーアワード2014で見られたアイテムが既に揃っている。★映像は、23分と長い★ので適当に見て下さい。
他にも何かと探したら、日本女子体育大学在学中(舞踊学3年)の時の「現代文化論」講座でのダンス・パフォーマンスや、知り合いへのビデオレター「中富さんへ」。(バイト先のカフェでの撮影だろうか?)何となく、川村さんの雰囲気が出ていますね。
驚いたことに、歌もうたうそうで、CDも出しています。今年の8月に3枚目をリリース。毎年1枚、夏に出すらしい。面白いのは、セカンドアルバム「ラヴソング!」に収録された「かわむらみきこのうた」。笑ってしまう。
とにかく、目の前の目標に向って、まっしぐら、っていう感じ。川村さんのサイトには、この様な映像が載ってますので、興味のある方は、覗いてみては如何でしょうか。
今後も活躍を期待したいですね。

全部の映像をご覧になった方、長時間ご苦労様でした。

トヨタ コレオグラフィーアワード 2014

トヨタ コレオグラフィーアワード 2014【次代を担う振付家の発掘・育成を目的に】の最終審査会が、世田谷パブリックシアターで、8月3日(日)15:00~18:30に行われました。作品はすべて拝見したのですが、結果発表は、19:30過ぎの予定だそうで、帰りの新幹線に間に合いそうもなく、断念。ネットで確認したら・・・
  『次代を担う振付家賞』川村美紀子さん
  『オーディエンス賞』 川村美紀子さん
ダブル受賞だ。ま、実際に会場でそのパフォーマンスを見た人は、納得でしょう。拍手の鳴りが違いました。
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この最終審査会は、203組の応募の中から選考会 を経て選出された6名のファイナリストが、振付作品を上演。審査委員による「次代を担う振付家賞」1名、観客投票による「オーディエンス賞」1名を決定するもの。ファイナリストは以下の方々。(上演順に振付者名と作品名)
  捩子 ぴじん(ネジ ピジン)「no title」
  スズキ 拓朗「〒〒〒〒〒〒〒〒〒〒」
  木村 玲奈 「どこかで生まれて、どこかで暮らす。」
  塚原 悠也 「訓練されていない素人のための振付けのコンセプト001/重さと動きについての習作」
  川村 美紀子「インナーマミー」
  乗松 薫  「膜」
各組(2名~10名位)約20分で作品を上演。ダンス評論家の亀田さんが言うように、「今注目のダンサーが一堂に会するので、かなり贅沢なダンス公演」でしたね。休憩含めて3時間半でしたが、あっという間でした。
どの作品もすばらしいのですが、やはりダントツは、川村美紀子です。
川村1

ダンスの原点、肉体とその動きを、ストレートに見せてくれたと思います。川村と3名の女性ダンサーが繰り広げるパワー溢れるその動きの衝撃波は、会場全ての観客のハートを大きく揺さぶった様です。
振付の内容を見ると、始まりはフラッシュライトにより、暗闇の中の踊るダンサーの姿がストップモーションの様に映し出され、その肢体の美しさを見せてくれます。この辺りは、今回の工夫と思われますが、他は、従来、川村がよく使う手法です。スポットライトに照らされた四角いスペースにダンサーが(ひとり)入って踊ります。曲はとてもダンスミュージックとは言えない、「地震予報速報」だとか「横断歩道のメロディ」「エレベーター案内」(他にもいろいろあったけど忘れた)等。これが、二人、三人と同時に踊るとミュージック(と言うか音ですね)も混線状態で何を言っているのかわからなくなるけれど、それがまた、ダンサーの激しい動きと相乗効果になり、圧倒的なパワーの衝撃波となって、観客を襲います。腕を振り、足を蹴り上げ、首を回して、腰をくねらし、突き出す。あまりのパワーに心地よささえ感じます。
時折、動きが、フッと止む瞬間があります。次のダイナミックな動きへ向けた”ため”。これらは、従来の川村の作品によく見られるものですが、今回はあまり小細工はせずに、シンプルな構成で、圧倒的なパワーを前面に押し出したと思われます。衣装も、白いブラジャーと黒いパンツ(ダンサー毎に若干デザインに違い:短→七分→ロング)と、シンプルです。(個人的には、こうゆうのすきですが)
終わりに近いところで、キューピー(人形)が出てきます。これも川村作品に時折登場するアイテムです。今回は、少々凝っていて、ラジコン仕掛けの台車に乗り、舞台の端から反対側まで移動します。それを見つめる川村。激しいダンスの合間の静寂。最後は、ダンサー4人が、中央にキューピーを挟んで横一列で踊ります。(笑)
事前予想では、塚原悠也と川村美紀子の一騎打ちと言われていましたが、川村のパワーあふれるストレートパンチが、タイミングよく決まった、のでしょう。今後の活躍が期待されますね。
(授賞式の様子など)
それにしても、川村さんの名古屋公演の話は、全く聞こえてこないですね。
唐津絵理さん(愛知県芸術劇場シニアプロデューサー)が、何とかしてくれないものでしょうか。

そうそう、それと塚原悠也(→コンタクトゴンゾ)。
塚原1
「訓練されていない素人の為の振付コンセプト001/重さと動きについての習作」
contact Gonzo:「コンタクト・インプロビゼーション」(体重のやりとりを行ないながら2人〜集団で動く即興=インプロヴィゼーションの形式) なんだけど、俗には、格闘技を思わせるパフォーマンスとか、殴り合う即興的な身体の接触etcの様に言われている。それは、ダンスなのか?とも言われるが、ま、パフォーマンスではある。しかし、今回は、「次代のダンスを対象とし、その振付家」の選考会なのだが、これまでのものに比べても殆ど動きが無い。
寝そべる人

出演者は4人。ひとりが舞台中央で寝そべる。顔から胸にかけてをTVカメラで写す。画像は、舞台後方のディスプレイに表示される。と、もうひとりが、ねている人の上に立つ。それだけでなく、リュックの中から本を取り出し抱える。益々重くなって、下にねている人は、思わず「グフッ」と苦しそうにもがく。それも気にせず、上に乗った人は、更に大量の本をリュックから出して、抱える。益々重くなり「グフッ」。近くにドラムが置いてあり、寝そべる人は、手元のボルトをドラム目がけて投げる。当たって、「ドン」と鳴る。
 舞台、-「暗転」-
舞台後方の段ボール小屋から人が出てきて、笛を鳴らす。頭には、赤いLEDランプの様なもの。インスタントカメラの様なもので、バシッとフラッシュを焚く。と、舞台が明るくなり、笛を吹く人は段ボール小屋にもどる。
中央では、再度、寝そべる人の上に人が立つ。・・・これを延々と繰り返す。
後半、塚原が大きな石をかかえて登場。それを人の上に置こうとする。「グフッ」たまらず、ボルトを投げて、ドラムが「ドン」
 舞台-「暗転」-
再度繰り返す。最後は、後方の段ボール小屋に、重なり合いながら入って行く。
コンタクトゴンゾの特徴は、そのパフォーマンスの「圧力」の様なものだ。殴り合いながら身体接触したり、寝そべる人の上に乗ったり。鑑賞者は、その行為に「圧力」を感じる。この圧力、支えるものが必要だ。だから、音が出る小道具を利用する。笛を吹いたり、ボルトを投げてドラムを鳴らしたり。圧力を受け止める事で、圧力を感じさせる。
舞台背景は、他のダンサーのものとは異なる。カーテンではなく、パイプで作った足場の様な構造物に照明装置が取り付けられている裏方をそのまま見せている。これも圧力を受け止める装置のひとつ。(あいちトリエンナーレでは、梅田哲也の段ボール・インスタレーションが、その役割を果たしていた)
とにかく、6組のファイナリストの中では、異彩を放つパフォーマンスである事は、間違いない。

6組の上演が終了後、帰ろうとしてロビーに向かったら、「訓練されていない素人の為の振付コンセプト001/重さと動きについての習作」 の仕様書が、配られていた。contact Gonzo official site でも掲示されているので、ご参照下さい。
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